2015年、日本語版の『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』が出版されました。
原著はDave Asprey(翻訳者:栗原百代)による 『The Bulletproof Diet』。当時の僕にとってはかなりの衝撃作でした。
でも、読んでいて、どうにもスッと入ってこなかったんです。
なぜか——理由は、あの訳語にありました。
「完全無欠」って、そう訳すか?
Bulletproof=完全無欠という訳。
もちろん、意味を補完する意図はわかるんですけど、この日本語の「完全無欠」という言葉に、どうしても僕の気持ちが入らず、この違和感をずーっと考えていました。
そしてもう一つ。
翻訳文全体が、英語の構造をなぞったような直訳感で、頭に入ってこなかった。
文法的には合ってるんだけど、日本語としてのリズムや抑揚がない。
読み進めるほどに「理解」ではなく「処理」してるような感覚になって、疲れてしまう。翻訳本の、「あるある」でした。
その時、
「これって、J. D. Salinger の " The Catcher in the Rye " 版ちゃうんか?」
と思いました。
そうです、野崎さんの「奴さん」のような感覚です。
ズレているんです。(栗原さん、ごめんなさい)
原書の想いと大切さ。
じゃあやめるか、と思ったけど、読み進めていると原書が良いので、そこからフィルター(翻訳)が掛かっても、そこからこぼれ落ちてくる言葉だけでも、かなり有益な情報があります。
もし、これを実際に自分でバイオハックしている人(日本人:例えば村上春樹)が翻訳したら、全く別物になっていると思いました。
だから僕は、それ以降 Bulletproof という言葉はそのまま使うことにしています。なにか、「完全無欠」と言うと、別物になるような気がして。
今でもよく目にする「完全無欠○○」という言葉。
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完全無欠の食事
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完全無欠コーヒー
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完全無欠ダイエット
響きが強くて、使いやすい。
でも、一方で、思考停止してるように見えてしまう。
BulletproofはBulletproof。
強くて、シンプルで、機能的。だから僕は、これからもこの言葉をそのまま使った方が良いと思う。
実際に、経験している人の言葉は本当に重たい。
そんなことを、この本を通して強く感じた話でした。